使用している楽器・機材

2015年2月5日木曜日

ばっきんばっきん

おこんばん。

寒おすな。

雪が降るぞ!!大変だ!!雪だぞ!!雪!!

ってテレビで騒いだわりには畿内はまったく降らず、夜になって雨が少し降り始めた程度です。
山沿いとかだと降ってるんですかね。

この2日間、寝込んでました。

2月3日は節分の日!
前日の仁和寺訪問の後、巻寿司をいただいたこともあり、3日の晩ご飯にはイワシが用意されてました。お母さんありがとう。

半年ほど前から、青魚の脂にあたるようになっていたぱんだっち。
それでも食べ易いように、半身におろしてカレー風味にしてくれてたんで、1切れだけ食べたんですね。
青魚独特の匂いを嗅いで、ちょ〜っとイヤだな〜とは思いつつ、その時は美味しくいただいたんです。


The 甘かっちゃん。

その日の夜中12時頃から、猛烈な目眩と吐き気、腹痛に見舞われまして。
アレルギーですか、そーですか、とアレルギー薬を飲んだんですが、まったく効かず。
自室でのたうち回ること数時間、 3時頃に見事に全部戻しました(お食事中の方があったらごめんなさい) 。

まぁ何十年ぶりでしょうね、戻したのなんて。
元々胃腸は丈夫な方なんで、小さい頃乗り物酔いした時以来じゃないでしょうか。

その後も全身超ド級に不快で眠れず、翌朝病院に連れて行ってもらい、診察の結果、

「アレルギーじゃなくて、ウィルス性の胃腸炎じゃないかな〜」

なんですと。これまた生まれて初めての病気です。
アレルギーで熱はあまり出ないのかしら。朝病院で測った時は37度だったんですが、抗生物質を点滴して帰って大人しく寝てたにも関わらず、夕方に38度まで上がったんですよね。

その後は寝てばかりのせいで背中がバッキンバッキンに痛いし、お腹は全体に硬くなってしまっててバッキンバッキンに痛いし・・・。

今日のお昼過ぎぐらいですかねー。やっとちょっと食べる気になってきて、お粥を少々食べました。

晩ご飯も少し食べました。お薬もちゃんと飲みました。
ほぼ復活したので、明日は大阪に行きます。

みなさまも、匂い嗅いで「あ〜・・・ちょっとこれダメかもな」と思ったら、食べないようにしてくださいね〜。エラい目に遭います。
嗚呼恐ろしい。

結局なんだったのか分かりませんけども、今後一切青魚は食べません。

敬具

早くお饅頭食べられるようになりますように。

2015年2月2日月曜日

突発・仁和寺

あろは。

超寒かったですね、今日も。
普段京都にいる時はほとんど仕事に行ってるので、家の中の温度の調整以外、あまり気候の影響を受けないんですが、月に1度の病院の日だけは、お外を歩き回ったりするので「あぁ、今京都はこんな気候なんですね」と実感する貴重な日になったりします。

そんなワケで、今日は数年振りに、真冬の京都の寒さを実感した1日になりました。

真言宗 御室派 仁和寺に行って参りました。

仁和2年(886年)光孝天皇ご発願、仁和4年(888年)宇多天皇建立のお寺です。
899年に宇多天皇が東寺で戒を受けられ、法皇の座に就いて以降、皇室出身者が代々住職を務められたそうで、高貴な人のおうち、「室」→ 天皇のおうち、「御室」ということで、この辺りも御室と呼ばれるようになったとか。

今や世界的な電気機器メーカー、omron(オムロン)の創業の地であることも、地元の人には有名な話です。

10〜20代の頃、何も知らずに御室、御室て言うてましたけど、そんな由来があると知ると地名を呼ぶにも重みが違います(単純)。

1119年に1度、そして1468年の応仁の乱で1度焼けてまして、建物はすべて江戸時代に再建されたのが、今あるものだそうです。
仏像や宝物の数々は、当時のものがちゃんと残っているので平安時代〜鎌倉時代辺りのものだそうです。


さてさて。

とりあえず、ぱんだ家から嵐電(らんでん・京福電鉄)の北野白梅町駅まで参りまして、そこからン十年ぶりの嵐電に乗車。
すんごいちっちゃいですけど、青い右端の駅から乗りました。

昔とほとんど変わってませんでした

レトロな内装の車両。ライトもいい感じ。

ワンマン、単線、1両編成。
電車は一律200円(小人100円)で、四条大宮から嵐山、嵐山から北野白梅町の2路線が帷子ノ辻(かたびらのつじ)という駅で乗り換える方式で繋がっています。
日本でいちばん古いお寺、広隆寺、蚕ノ社、仁和寺のお隣の龍安寺、他にも天龍寺、妙心寺等々、この路線の近辺だけでもどんだけ社寺仏閣があるんでしょう。
とてもじゃないけど1日2日では廻りきれません。

太秦映画村のポスターだ〜
 電車で一路、御室仁和寺へ。

駅を出ると、遠くに見える仁王門。
じゃじゃーーーん。
こちらが御室仁和寺の重文・仁王門。
先日訪れた、奈良 法隆寺とはまた違った趣の門でした。
こんにちは。

ぉょ。そーなんです。ほとんどのお寺で網が張られている事が多い仁王さん、法隆寺もそうでしたが、ここも網がないんですね。
お顔も木の肌も、よく見えました。

さすが皇室所縁、勅使門が雅。
仁王門をくぐってすぐ左に御殿があって、そちらは今日は諸事情でお邪魔しませんでした。
が。
御殿の入口のすぐ北側にある勅使門が素晴らしい建物でしたので、写真だけ撮らせていただきました。
どうですか、この透かし彫りの扉、欄間の美しい彫刻等々。

門全体はこんな感じ。美しい。

そして、仁王門から真っ直ぐその奥に、朱塗りの重文・中門。
中門までの両脇には松が。
 そして中門をくぐると遂に来ました。国宝・金堂。
横長なのでフレームに収まり切らない。

この金堂、京都御所の紫宸殿を移築して、あちこち弄って桧皮葺きの屋根を瓦葺きに替えたものなんだそうです。
どうりで造りがえらく雅・・・。 王朝建築の特徴的窓、蔀戸(しとみ・ど)、その縁の金の装飾、垂木の端々の装飾等々、なるほど、紫宸殿です。
江戸時代に建て替えた時に丁度京都御所も建て替えをしてたらしく、色々と建物を下賜されたんだとか。

なんてったって御室ですしね。


上の写真、真ん中のちょっと出っ張った屋根の左右に、 黄石公(こうせきこう)という仙人さまの像があります。この亀は三千〜四千年に1度、息継ぎをしに水面に顔出すと言われていて、黄石公はその亀を何度も見たことがある長寿の仙人なんだそうです。
仁和寺が末永く続きますように、との願いが込められているのだそうです。

金堂の中は非公開なのですが、今は経蔵とともに6年ぶりの特別公開中。
でも明日の節分会の準備中で、扉が半分しか開けられておらず、ご本尊の阿弥陀三尊像を少し拝むことができただけでした。残念。でもでも、ありがたや。
ちなみに本物(?)の阿弥陀三尊像は、霊宝館に納められているそうです。
でも霊宝館があまり開いてない(年に数回だそうです)。残念。


分かり難いけど、垂木が三重でした。法隆寺は一重。





そして、本日のメインイベント。重文・経蔵。こちらも6年ぶりの特別公開中。
この窓は禅宗様式。驚き。
普段は見る事ができない、八面体の回転式書架(輪蔵)が間近に。
徳川家康の側近だった僧、天海が完成させた『一切経』が収められているそうです。
全部で六百何十個の筈が、実は正面の奥に三十何個箱があって、そこにも大切な経典が入ってるから全部で700を越えるんだとか仰ってましたね。
この輪蔵を一回廻せば、一切経を全て読み上げたのと同じ功徳があるとされているそうです。

もしご興味ありましたら是非とも「仁和寺 経蔵」で画像検索してみてください。
640個(だと思う)の箱すべてに、朱色の筆で漢字が書かれてあるんですね。
この漢字、中国は梁の時代に、武帝が周興嗣に作らせた、文字習得のための教材、「千字文」を用いてあり、ひとつとして同じ漢字が使われていないんだそうです。

すごいね。

経蔵の中には、西向き(金堂の方を向いてる)に、釈迦三尊像(獅子に座った文殊菩薩さまもいたYO!)と、アナンダさまと他2体の像が。触れられるほど近くにあったんですが、もちろん触ってはいけないので我慢ガマン。
他にも普段非公開ということもあって、壁画がとても色鮮やかに残っていました。

仁和寺は真言宗のお寺ですが、窓の形や瓦を敷き詰めた床など、この経蔵だけは禅宗のしつらえ。しっとり、厳かな佇まいでした。

石段の下から、経蔵。
 で、最後は五重塔。
どどーーーん。
 他の寺院の五重塔は、上の段に向かって少しずつ屋根のサイズが小さくなってるんですが、ここのはほぼ変わらないんですって。
ぃゃぁ、多宝塔はいいね。素晴らしい。

今回、御影堂が工事中だったのと、鐘楼を見る時間がなかったので大変残念でした。
御殿も見られなかったし、他にも色々。。。
あと、めっっっっっっちゃ寒かった。雪が降っててね。すんごい寒かったのよ。
 
春には有名な御室桜も咲きます。

また来ます!今度はゆっくりじっくり見るぞ〜!!

最後にまたレトロな嵐電に乗って。ばいばい。




録り初め

おっっはよぅごじゃりまする。

めっっっちゃ眠いです。頭痛いもん。
今日は7時半起きだと言うのに、昨日寝たのが2時半でしょ。

そらアカンわ。

そんなこんなで、昨日の晩大阪のSasakama Studio本部から京都支部へ帰って参りました。

先週金曜日は、2015年初のドラムレコーディング でした。

ぃゃぁ、叩いた叩いた。
実に4ヶ月ぶりぐらい(たぶん。もしかしたらもうちょっと?)だったので、ストレートのビートを叩くのがえらい苦手になってて苦労しました。
一体何テイク録ったんでしょう・・・(ボンヤリ)

まぁ何とか形になったので、納めてまいりましたけれども。

Chiquewa御大の曲を2曲録ったんですが、後で録った方のR&B調ポップスの方は16分のスウィングというわたしの大好物でしたので、すんなりアッサリご機嫌な出来映えでございます。

Chiquewa御大から提出された簡易譜面には「16のハネハネ」と書かれてました。

ハネハネ、ねぇ。

っちゅーことで、このハネハネの方は、そう遠くない未来に動画になって投稿されるかも知れません。
ってゆーのも、ドラムを録った次の日に、同曲のボカロの打ち込みをしたんですねー。

V2のルカさんに歌っていただくのもコレが最後かも知れませんね。
V7でしたっけ。何でしたっけ。アレが出るのがちょっと押してるそうなので、分かりませんけれども。

かな〜〜〜り素敵な出来になってまいりましたので、お楽しみに!!

ハイハット用のマイク欲しい。

2015年1月29日木曜日

食った食った

みなさま わんばんこ。

ぱんだっちどす。
食いました。

歳。

そーです。お誕生日です。

各方面からのお祝いのお言葉等々、ありがとうございました。
めっっっっっちゃ嬉しいです。喜ぶような歳でもないんですけど、やっぱり祝ってもらえるっていうのは嬉しいモンですね♡


昔はお誕生日と言えば楽しみで楽しみで仕方なかったですね。
親は何もくれませんでしたが、母上がケーキ焼いてくれたり、おウチに仲の良いお友達呼んでお誕生日会したり、お誕生日会の最中にお友達同士が喧嘩始めちゃって残念感溢れる雰囲気になっちゃったり、色々思い出はあります。

そんなン十年前の話はさておき、近年お誕生日にケーキを焼いてくださるのは、母上と違う方のお母さん。ありがたい話です。
シンプルなイチゴのケーキですけど、マジでどこの高級ケーキより、美味しいです。

じゃん。
The 素晴らしい

美しいですね。赤・白・黄色のハーモニーですよ、あーた。チューリップか。

この画像から溢れ出る多幸感、一体何なんでしょうね。
間違いなく、過去の美味しい体験から この色合いを見ると脳に直接刺激があるんでしょうね。

魅惑のクリーム、この陰影

いちごって、初夏が旬なのにどうして今の時期安くなるんでしょうね。
天然ものはもう高嶺の花なのかな?
一番お高くなるのはクリスマス前後なんでしょ?
謎じゃ・・・。

とりあえず、生クリームをボウルに1杯抱えて食べたい。
食パンに生クリーム塗ったヤツとか最高に美味しいんですけど、糖分・脂質・塩分ともに最悪の数値を叩き出しそうなコンボなので未だに実行出来ずにいます。(フルーツサンドを除く)

ぅぉぉぉぉぉ


さて。

明日は今年初、4ヵ月ぶりぐらいのドラムの録音です。
こんなに録らない期間があったのは久しぶりなので、ちょっとドキドキ。

明日の朝の分もまだケーキが残してあるし、がんばるぞー。
2曲も録れるかなぁ・・・久しぶりだと集中力が続くか不安なんですよね(笑)

明日は超寒いらしいですので、みなさまどうぞご自愛くださいませ。
全国的に雪が降るところが多くなりそうとか言ってましたね。楽しみ。


ほんじゃ〜またね。

2015年1月24日土曜日

国宝三昧 in 法隆寺

どーもどーも。
ぱんだっちどす。

昨日めっちゃ寒かったですね、関西。
朝大阪を出る時も、古都奈良に着いてからも、さっむ・・・ってブツブツ言いながら。
それでも、降って湧いた『Sasakama Studio・社寺仏閣巡り in 奈良〜Part 2』開催のチャンスに興奮してたので、平気平気。

タイトル通り、今回の目的地は日本最初の「ユネスコ世界文化遺産」、聖徳宗 法隆寺。
聖徳宗は法相宗という宗派から最近(60年ぐらい前)分離されたそうで。
用明天皇のために聖徳太子が立てられたお寺ということで、607年の建立から1400年ぐらい経ちますね、今年で。

うひゃぁ・・・。さすが奈良。年季が違いますわ。

安置・収蔵されている仏像やら様々な宝物の数々、その作られた年代は、縄文→弥生→古墳→飛鳥奈良平安鎌倉→南北朝→室町・・・の、飛鳥から鎌倉辺りのものばかりなのですが、飛鳥ですよ、あーた。
どんだけ古いんだ。って感じで、お顔立ちも平安期以降の仏像とは全然違いますし、体つきも少しスラリとしなやかな感じのものが多かったです。

各時代に少しずつ保存のための修繕やら補強などもされているんでしょうけども、なんせ建物が古いので、柱なんかもうトゥルッッッッットゥルです。触ってもあまり木製っぽくないというか。

えらいもんですね。
流石は世界最古の木造建築群です。

ザザッと行ってみましょうかね。


   まずは入口の南大門。

南大門
これは室町時代に再建されているので、築580年ぐらい。まだ新しいですが、とても美しい建物です。

   南大門をくぐると遥か彼方(そんなに遠くない)に見える、国宝・中門とその向こうにそびえる五重塔。
わくわく。

手前左側にはお寺の本坊入口があります


   石段を上がって、法隆寺 国宝・西院伽藍の正面へ。
中門に突進するChiquewa御大

左右にはお馴染みの金剛力士像。カッコいいですね。
飛鳥建築の粋を集めた建物は壮観。この重厚かつ繊細な建造物に掛けられた柔らかな布が冬の風になびいて、真冬の冷え込む昼下がり、人も少なく、悠久の歴史を感じるひと時でした。

ちっちゃい銅鑼が気になる。鳴らしたい。こーーーん。

そして入口は左側にあったので、そこから中へ。お邪魔しまーす。


   どどーーーーーん。国宝・五重塔。
出た

激シヴ。コレですよ、みなさん。なんて美しいんでしょうね。完璧と言えましょう。
塔の上部、相輪の一番上の丸いパーツが、お釈迦様の遺骨を納めるところだそうで、五重塔をはじめとするインド仏教のストゥーパの進化形のひとつ(もうひとつは卒塔婆だそうです)である仏塔の一番大事なパーツなんですって。
九輪の輪っかにぶら下がっているカウベルの小さいのみたいなパーツが、風でからりんからりんと美しい音をたてて揺れておりました。
とても静かだったので、よく聴こえてました。

下の建物部分は、いわゆる飾り。仏教の五大元素、地(四角)水(円)火(三角)風(半月)空(宝珠)の5つが重ねてあるそうです。

この五重塔の最下層の中には、お釈迦さまや弥勒菩薩さまなどの様々なシーンを切り取った塑像が安置されておりました。

ちなみに法隆寺のこの塔、日本最古の五重塔だそうです。

しゅてき。



   そして、五重塔のお隣には法隆寺のメイン、国宝・金堂。

The 素晴らしい
これはもう、何と申し上げてよいやら。
壮観。派手さはまったくありませんが、本当に美しい建物です。
屋根の下の垂木のデザインが、飛鳥時代ならば中国の仏教建築からの影響が大きかったんじゃないの?と思ってたんですが、この頃中国の主流だった二軒ではなく、一軒。
調べてみたら、二軒になるのはこの後の時代だそうで。にゃるほど。

で、この金堂の中には、聖徳太子のために造られた金銅釈迦三尊像(飛鳥時代)、太子のお父さん・用明天皇のために造られた金銅薬師如来像(飛鳥時代)、太子のお母さん・穴穂部間人皇后のために造られた金銅阿弥陀如来像(鎌倉時代)、その周りに日本最古の四天王像(白鳳時代)が安置されています。
東大寺に行った時も気になってたんですけど、四天王はいつも邪鬼を踏んづけてるんですね〜。
うりゃ。って踏んでる。痛そう。

その他に、吉祥天立像、毘沙門天立像(平安時代)も安置されてました。
天井には天人・鳳凰が描かれた美しい天蓋、壁面はかの有名な壁画。中学ぐらいでしたっけ。歴史の授業で習いましたね。すっっっかり忘れてましたけど。

金堂上段の柱。龍がまきまき〜〜。


   そして五重塔と金堂の奥には国宝・大講堂。
灯籠カッコいい。
中には薬師三尊像、四天王像。990年頃に再建されたものだそうです。1000年ぐらい前、平安時代の仏像ですか・・・法隆寺の中では新しい方ですね。

・・・って、古いわ!!

灯籠の足元のわんちゃん・・ぃゃ、獅子。


   そしてこれは、五重塔、金堂を擁する西院伽藍の回廊部分。しゅごいねぇ・・・美しい。

この先で職員さんが待ってる


   西院伽藍で小1時間過ごして、出るとき職員さんに「あんたたちまだいたの」に近い顔をされつつ次の順路を伝えていただいて、庭で有名な「柿食へば 鐘が鳴るなり 法隆寺」の句碑を見物、国宝「食堂(じきどう・奈良時代)」や重文「細殿」(鎌倉時代)を見つつ、椿咲き溢れる庭を通って謎の観音さま、百済観音像に会いに大宝蔵院へ。

こちらは平成10年建立の新しい伽藍
夢違観音像(白鳳時代)、推古天皇の持ち物と伝わる玉虫厨子(飛鳥時代)、大きな蓮の花に座した金堂阿弥陀三尊像を擁した橘夫人厨子(白鳳時代)等々、バリバリの国宝・重文クラスがズラリと並ぶ内部は、文化財が痛まないように照明が暗くしてあるのでとても居心地が良いんですねぇ。
どれもとても興味深く、じっくり見て回ることができたので、この辺で西院伽藍に入る時に職員さんに言われた1時間半ぐらいで全部見られますよ、のタイムリミットをオーバー。ぐへへ。

遂にやって参りました、百済観音像。この仏像は、飛鳥時代のものだそうで、江戸期の文献に少し登場する以前の資料が無いので、造られた背景などは不明の謎の観音さまだとか。
中国南北朝時代から隋代辺りまでの影響が垣間見えるとかなのですが、その辺は明るくないので興味ある方はチョチョイと調べてみられると面白いかと。
こういうのはね、すんんごいディープに考察を書いてらっしゃる方がたくさんありますので、読んでると時間が経つのが早い早い。

この百済観音像、すらりとした八頭身。これは日本の仏像には珍しいですよね。
そしてとても優しいお顔と優美な手指の造作。水瓶を摘む左手とか、とても美しい。
良いものを拝見しました。ありがたや。

そうそう。法隆寺内のほとんどの仏像や宝物は撮影禁止。
なので、もし「それ、どんなんよ?」と思われた方はいんたーねっつでぐぐぐぐっっと画像検索なんてしちゃってくださいね。
ホント悠久ロマン溢れる品々です。


   そしてその後東院伽藍へ向かう時に通るのが東大門(奈良時代)。
   三棟造りという珍しいタイプだそうで、こちらも国宝。奈良時代、熱いですな。


そのまま進んで遂に聖徳太子が亡くなった後造られた東院伽藍(上宮王院)へ。
739年に造られたそうで、外側の回廊、礼堂、舎利殿、絵殿が重要文化財、真ん中の夢殿が国宝。
八角形のお堂の中央には、秘仏『救世観音菩薩』。
この仏像は年に2回の公開期間しか見ることが出来ません。ので、今回は拝顔できず。
資料でお姿を見るのみとなりました。

国宝・夢殿

その周りには、聖観音菩薩像(平安時代)、太子の孝養像(鎌倉時代)、この夢殿を建てた高僧・行信僧都の像(奈良時代)、平安期に夢殿の修理をした道詮律師の塑像(平安時代)などが安置されていて、こちらはいつでも見ることができます。
聖徳太子が法隆寺建設の前に建てて住んだ斑鳩宮の跡に、太子の供養のために建てられたということもあり、なんとも言えない気持ちになります。


   そしてその夢殿の北側にある、舎利殿と絵殿。舎利殿は、太子が2歳の時合掌された
 その手のひらから出現したと言われる舎利を安置している建物だそうです。

ホントに仏舎利が安置されてるの・・・?

そういうことじゃぁない。よね? そんなんホンマにあったら、お釈迦さまの骨は一体どんだけ散り散りバラバラに撒かれたんだ、ってな話です。

そしてお隣の絵殿には、聖徳太子が1代でなした事柄を描いた障子絵が収められているそうです。



   この東院伽藍の外側に、一風変わった鐘楼がありました。
   国宝・東院鐘楼(鎌倉時代)。


穴が空けてあって、そこに搗く棒が。
裏側
なかなか趣深い鐘楼ですな。中には、この奥にある尼寺、中宮寺の名が刻まれた梵鐘が吊るされているそうです。


   そしてそして。ひと通り見て回って一旦伽藍の外に出て、もう一度西院伽藍の辺りに戻り、三経院と聖霊院という建物を見て、西の端の北側にある国宝・西円堂(鎌倉時代)へ。
聖霊院。御朱印はこちらで。
西円堂へは階段が三方から伸びているのだ。

このお堂は、聖武天皇のお妃だった橘夫人(たちばなぶにん)と、南大阪出身の大僧正さま、行基菩薩が建立したということでちょっと見てみたかったんですね。
お堂の正面左の木札には『峰薬師』の文字。別名かな。
ご本尊の薬師如来座像(奈良時代)は日本最大級なんだそうです。

メインの伽藍から離れ拝観コースからも外れていることもあり、誰も人がいない静かなお堂でしたが、階段の上からは斑鳩の街が一望でき、西院伽藍の五重塔も少し離れた場所から違う表情を見せてくれます。

なかなかの好スポットでした。

趣ありまくりんぐ




ぃゃぁ、堪能しましたよ、法隆寺。
素晴らしい建造物群と、仏像、宝物品。平安以降の宗教建造物や仏像が如何にポップになってきてるかを実感しました。

もうね、すんごい。奈良、すんごい。
前回の東大寺講堂は世界最大の木造建築物だしね。
京都は街全体が世界遺産だし、家の近所にも国宝やら重文やらわんさかありますけど、奈良はレベルが違います。

古過ぎてよく分かんない。でも、すごい。
あと、余裕がありますね。真冬は門前のお土産屋さんがほとんど閉まってる。
帰りに、奈良名物 柿の葉寿司を買って帰ろうかという話になったんですけど、辛うじて1軒だけ営業しておられた『平宗』にて無事手に入れることができました。
危なかった。


柿の葉寿司、大好きなんです。鮭のも、鯖のも。平宗には鴨ロースのがあったんですけど、これはまた次の機会にでも。

最後にひと言。

真冬の奈良はめっっっっっちゃ寒かった。盆地特有の、絡み付くような寒さ。
冷え切ってしまったので、最後にローソンで100円コーヒー買いました。


次はどこ行こうかしら。
唐招提寺も行きたいけど、ちょっと神社行きたいですねぃ。

じゃ。

2015年1月21日水曜日

食べません。

お久しゅうござる。おさる。

サボってました。

1月8日は今宮戎神社へ、「えべっさん」のお詣りに。
でもまぁアレです。詳しくはChiquewa御大のブログに・・・(こらこら)
舞楽奉納の最中でした。
えびす祭と呼ばれる、商売繁盛を祈願するお祭は毎年1月10日。
たくさんのお商売されてる方々がお詣りに訪れる、大きなお祭ですよね。
で、その前日が宵えびす、翌日が残りえびす。

大阪の今宮戎は、京都のえびす神社、兵庫県西宮市の西宮神社と並んで、日本の三大えびすと呼ばれてたりします。

毎年たくさんの人出で賑わいますけど、今年は11日の残りえびすが日曜日でしたので、残り福にあやかろうと言う人たちで更に賑わったんじゃないでしょうか。

わたしたちがお詣りしたのは宵えびすの更に前の日だったので、京都の表千家から家元がお見えになってたっぽいですね、午前かお昼いちばんぐらいかに、献茶祭が行われた後のようでした。
本殿ではちょうど舞楽奉納の最中で、大阪に着く時間から考えて、見られないだろうなぁと思っていたわたくし、歓喜。やった〜、ちょっとだけ見られました。
好きなんです、こういうの。

福娘のみなさんも見られましたし。50人ぐらいの枠に、応募が3,000人あったんですってよ、奥さん。

素敵♡
手前に並んで座ってるのは、福娘のみなさん。

で。

そんな過去の話は置いといて、今日は京都の東寺の弘法さんの日でした。
毎月21日は弘法大師が入定された4月21日に因んで、境内で「弘法市」という露店市が開かれます。
その年の1月21日は「初弘法」、12月21日は「終い弘法」と呼ばれて、いつもより一層賑わいます。
今年の初弘法にあたる今日、ウチの母上が暇に任せて出掛けたらしく、さっき仕事から帰ったら、テーブルの上にこんなものが・・・。
ぅぉぉぉぉぉ
超美味しそうじゃないですか・・・。
23時にこんなもの食べるワケにはいきませんので、泣く泣く明日のあさ戴くことにしましたけれども。

五重塔だ〜

嗚呼。楽しみすぎる。

2015年1月10日土曜日

延長!延長!

カラオケの話じゃありません。

線です、線。みなさまわんばんこ。

何を隠そう、我がSasakama Studioは貧乏極まりない財政状況が続いております。
(その割に名古屋行ったり東京行ったりしてんじゃねーかとお思いのみなさん。違います、それはイベント用資金を別枠運転して自転車操業なんですよ・・・!)

で。
去年11月ぐらいに、ヘッドホン延長ケーブルがダメになっちゃったんですよ。
コレが無いとドラムのレコーディングが出来ません。
あらあら困りんこ。生ドラム使わない曲ばかり作ればいいんですけど、そうも行かないのが音楽の難しいところ。

相棒Chiquewaくんも次のアルバム用の曲をぼちぼち作り始めてるし、来月下旬には待ちに待った巡音ルカさんV7でしたっけ。ぁ、V4Xさんでしたか、出ますしね、オケも上げつつ、じゃんじゃん作って行きたいじゃないですか。

Chiquewa御大から「ヘッドホンの延長ケーブルあかんようになった〜〜」と報告があった時には
『あぁ。終わった・・・』と思いましたよね。

「買えばいいじゃ〜ん」と思うでしょ? それにとても時間がかかるのが、Sasakama Studio。
正確にはChiquewa-izm。

チクワイズムとは!!

まぁえぇですやん。
とりあえず、年明け最初の木曜日、出不精のChiquewa御大を街中へ引っ張りだして、戎祭の準備で賑わう今宮戎神社へお詣りした後、行きました。
ボクらのビックリカメラことビックカメラへ。

ありました。無いやろなぁ、と思ってたので、思わず「あ〜〜〜〜!!っっったわ〜〜〜〜♡♡♡」と溜め息まじりに感嘆の声を上げてしまいましたよ。

今どき中々売ってないやろなぁ、と決めこんでいたものですから。

ほれ。
なんてことない、線。
これこれ。これがないと録音でけへんねん。ちなみに型番はEXC-10Aというらしいです、Victor製です。めっっっっっちゃ普通のカラオケ用品とかのとこに売ってます。

ここにぱんだ用ヘッドホンを挿す。

はぁ、よかった。
バリバリ録って、アルバム曲バリバリ上げていきましょう。

ちなみにちなみにこの線、1,000円しません!!